【取扱説明書特集】
前回(Vol.3)では、機械規則への移行に伴う取説実務への影響を整理しました。
今回はさらに一歩踏み込み、「取説をいつ、誰が、どのように作るべきか」という設計プロセス上の実務に焦点を当てます。
CE対応の取説を、設計完了後ではなく「設計と並走」させたい担当者の方へ。
「取説はいつ書き始めればいいのか」という問いに対して、規格の答えは明確です。ISO 12100は、リスクアセスメントの結果を設計・保護方策・情報提供の3段階で反映することを求めており、取説はその「情報提供」として設計プロセスの最終アウトプットに位置づけられています。実務的には、要件定義や最初のリスクアセスメントを開始する段階から、取説作成も同時にスタートするのが理想です。
つまり、取説の内容は設計の各フェーズで積み上がっていくものです。「設計が終わってから書く」という慣行は、CE審査での手戻りと追加コストの温床になります。
本号では、ISO 12100の3ステップメソッドと取説の関係を整理し、設計フェーズごとの具体的な取説タスクと社内役割分担、そして設計レビューに組み込むべき4つのチェックポイントをお伝えします。
■ ISO 12100の3ステップメソッドと取説の位置づけ
参照:ISO 12100:2010 §6.1〜§6.4 / EN ISO 20607:2019 §4
ISO 12100が定める「リスク低減の3ステップメソッド」は、リスクを設計で除去・低減していくための優先順位を定めたものです。
【ステップ1】 本質的安全設計:設計変更によってハザードを除去・低減する / 担当:設計部門
【ステップ2】 保護方策:除去できないハザードをガード・安全装置で遮断する / 担当:設計部門・安全担当
【ステップ3】 使用のための情報提供:残留リスクを取説・ラベルで伝達する / 担当:取説担当・安全担当
ここで重要なのは、ステップ3は「最後の手段」ではなく「ステップ1・2で対処できなかった残留リスクの受け皿」だという点です。取説に書く内容は、ステップ1・2の設計判断の結果として決まります。
リスクアセスメント台帳と取説は「同じ情報源から書かれるべき文書」です。設計と取説が別々のチームで進むと、ここで齟齬が生まれます。
■ 設計フェーズごとの取説タスク
参照:EN ISO 20607:2019 §5 / ISO 12100:2010 §5
取説を設計プロセスに組み込むには、各フェーズで「何を確定させ、取説に引き渡すか」を明示することが必要です。以下は実務でそのまま使える区分です。
フェーズ1:製品企画・要件定義
- 機械の意図する使用(Intended Use)を文書化する
- 想定されるユーザーの資格・知識レベルを定義する(IEC 82079-1 §6.4)
- 予見可能な誤使用のシナリオをリストアップする(ISO 12100 §5.4)
- 適用規格・指令のリストを確定し、取説に要求される記載項目を洗い出す
この段階で「誰が何を目的に使う機械か」が確定していないと、取説の対象読者も警告レベルの設計も後で総やり直しになります。実際には、この定義が曖昧なまま設計を進めてしまい、後から取説・リスクアセスメント・適用規格の見直しが発生するケースが少なくありません。
フェーズ2:基本設計・リスクアセスメント
- リスクアセスメントを実施し、各ハザードとリスクレベルを記録する
- ステップ1・2で低減できなかった残留リスクを一覧化する
- 残留リスクごとに取説への反映方法(警告・注意・手順)を決定する
- 安全関連部品・インターロック等の仕様を取説用に記録しておく
この段階でリスクアセスメント台帳に「取説記載欄」を設けておくと、後工程での情報転記ミスを防げます。「どの警告文に反映したか」まで管理できれば、審査対応も容易になります。
フェーズ3:詳細設計・試作
- 設置・試運転・保全手順の初稿を作成する(担当者ヒアリングと並行)
- 安全ラベルの位置・内容をISO 7010に照らして確定する
- 操作手順と安全情報のシーケンスを確認する
- 翻訳が必要な言語と「原文の言語」を確定する(機械規則 第10条 / IEC 82079-1 §6.2)
フェーズ4:検証・認証準備
- リスクアセスメント台帳と取説の残留リスク記載を突き合わせて整合確認する
- 警告レベル(DANGER/WARNING/CAUTION/NOTICE)の分類をIEC 82079-1の定義と照合する
- EN ISO 20607のチェックリストで取説の網羅性を確認する
- 技術ファイルとの整合性チェックを実施する(Annex VII/機械規則 Annex IV)
■ 社内役割分担の整理
参照:EN ISO 20607:2019 §4.2
取説作成が「後回し」になる構造的な原因の一つは、「誰がいつ何をするか」が設計プロセスに明示されていないことです。以下は標準的な役割分担の例です。
【設計部門】 意図する使用・ハザード情報・残留リスクを取説担当に提供する / 担当:設計リーダー
【安全担当】 リスクアセスメント台帳の「取説記載欄」を管理・更新する / 担当:安全技術者
【取説担当】 設計情報をもとに取説を執筆し、規格適合チェックを行う / 担当:技術文書担当
【品質・認証担当】 取説と技術ファイルの整合性を最終確認する / 担当:QA/CE担当
「取説担当が設計会議に参加する」だけでも、情報伝達のタイムラグは大幅に改善されます。設計会議への定期参加を社内ルール化することを推奨します。多くの企業では、設計部門・取説担当・認証担当が個別に作業を進めているため、最終段階で整合性確認に多くの工数を費やしています。
■ 設計レビューに組み込む4つのチェックポイント
参照:EN ISO 20607:2019 §5 / ISO 12100:2010 §6.4.3
設計レビューの議題に以下の4点を定期的に組み込むことで、取説の品質が設計プロセスと連動して高まります。
チェックポイント ① 意図する使用の確定状況
□ 機械の意図する使用、予見可能な誤使用、禁止事項が文書化されているか。
□ 設計変更があった場合、定義が更新されているか確認する。
チェックポイント ② 残留リスクの取説への反映状況
□ 直近のリスクアセスメントで追加・変更された残留リスクが、取説の警告・注意記載に反映されているか。
□ リスクアセスメント台帳と取説の記載が一致しているか確認する。
チェックポイント ③ ライフサイクル記載の網羅状況
□ 輸送・設置・試運転・通常操作・保全・廃棄のすべてのフェーズで必要な記載が揃っているか。
□ 特に設計変更により影響を受けるフェーズを重点確認する。
チェックポイント ④ 翻訳・言語要件の対応状況
□ 販売先国の言語要件を満たしているか。
□ 翻訳版に「原文の言語」と「原文に基づく翻訳である旨」が明記されているか(機械規則 第10条)。
■ まとめ
- 取説はISO 12100の3ステップメソッドにおける「情報提供」として設計と一体
- 設計フェーズごとに取説タスクを定義し、リスクアセスメント台帳と連動させる
- 意図する使用・残留リスク・ライフサイクル・翻訳の4点を設計レビューの定常議題にする
- 取説担当の設計会議への定期参加が、情報伝達ロスの最も手軽な解決策