アメリカ

Vol.6 北米向け取説の作り方

【取扱説明書特集】


― 最新ANSI規格とNFPA 79の実務|「EU取説の英訳」では通用しない理由 ―

米国・カナダ向けに機械・装置を輸出している、またはこれから北米市場への展開を検討している担当者の方へ。

「CE対応の取説はすでにある。北米向けは英語版をそのまま使えばよいのでは」―― この考え方には、大きな落とし穴があります。
北米市場では、取説の安全情報はANSI Z535.6、電気安全はNFPA 79という、EUとは異なる規格体系が適用されます。さらに米国特有の事情として、取説の不備は行政指導ではなく製造物責任(PL)訴訟という形で顕在化します。「警告が不十分だった(Failure to Warn)」は、米国PL訴訟における典型的な争点です。
本号では、EU向け取説の英訳だけでは北米規格に適合しない理由を、ANSI Z535.6の安全メッセージフォーマット、NFPA 79の電気安全要件、OSHAのロックアウト・タグアウト(LOTO)規制との整合という3つの観点から解説します。

前提:EUと北米では「取説を縛る仕組み」が違う

参照:ANSI B11.0 / OSHA 29 CFR 1910 / 機械規則 EU 2023/1230

EUでは、機械規則等の法令に適合しなければ製品を上市できず、取説はその適合要件の一部です。つまり「行政規制」が取説品質を担保する構造です。
一方、米国には機械の製造者を直接縛るEU型の包括的な機械法令はありません。代わりに次の3つの力が働きます。

  • OSHA(労働安全衛生庁)規制 ―― 規制対象は雇用主(機械のユーザー企業)。ただし雇用主が遵守するために、機械側の情報=取説の品質が問われる
  • 製造物責任(PL)訴訟 ―― 警告・指示の欠陥(Failure to Warn)が設計欠陥・製造欠陥と並ぶ独立の訴訟原因になる
  • 任意規格(ANSI・NFPA等)と第三者認証 ―― 法律ではないが、訴訟では「業界の標準的注意義務」の基準として参照される
北米向け取説の品質は「審査に通るか」ではなく「訴訟で防御できるか」という基準で評価されます。ANSI規格への準拠は義務ではありませんが、準拠していないことは訴訟上の重大な弱点になります。

ANSI Z535.6:安全メッセージの「書式」まで定める規格

参照:ANSI Z535.6-2023(Product Safety Information in Product Manuals, Instructions, and Other Collateral Materials)
ANSI Z535.6は、取説・マニュアル類に記載する製品安全情報の様式を定める規格です。最新版は2023年版で、姉妹規格のZ535.4(製品安全ラベル)と併せて2023年12月に改訂されました。

シグナルワードの定義は「厳密」に運用する
Z535.6のシグナルワードは以下の4段階です。EUの取説でも同種の用語を使いますが、北米では定義との不一致がそのまま訴訟リスクになるため、使い分けの厳密さが一段階上がります。
特に北米(ANSI Z535.6)では、「人身傷害に関連しない情報」をNOTICEとして切り分けています。

シグナルワード 北米(ANSI Z535.6)の定義 ISO 3864-2の定義
⚠DANGER 回避しなければ、死亡または重傷に至る切迫した危険 回避しなければ死亡または重傷を招くような、高いリスクを伴う危険
⚠WARNING 回避しなければ、死亡または重傷に至るおそれのある危険 中程度のリスクを伴う危険を示す。
回避しない場合、死亡または重傷を招く恐れがある
⚠CAUTION 回避しなければ、軽傷または中程度の傷害に至るおそれのある危険 回避しないと軽度または中程度の傷害を招くおそれがある、リスクの低い危険を示す
NOTICE 人身傷害に関連しない情報(物的損害・製品保護等) なし

安全メッセージは「4つの配置類型」で構成する
Z535.6の特徴は、安全メッセージを取説内の配置によって4類型に分けている点です。

  • 補足指示(Supplemental Directives)―― 「使用前に本書を読むこと」等、表紙・冒頭に置く指示
  • 集約安全メッセージ(Grouped Safety Messages)―― 安全章にまとめて記載するメッセージ群
  • セクション安全メッセージ(Section Safety Messages)―― 章・節の冒頭に置き、その章全体に関わるメッセージ
  • 埋め込み安全メッセージ(Embedded Safety Messages)―― 手順ステップの直前に置く、その操作固有のメッセージ

EU系取説にありがちな「安全上の注意をすべて冒頭章に集約する」構成は、Z535.6の観点では不十分です。危険な操作の直前に埋め込みメッセージを配置することが求められ、「読者が危険に遭遇する時点で警告が目に入る」構造が重視されます。
警告文は「3要素」を明文で書く
個々の安全メッセージには、①危険の性質(何が危険か)、②危険の結果(どうなるか)、③回避方法(どうすれば避けられるか)の3要素を記述します。図記号への依存度が高いEU系の書き方に対し、北米では文章による明示が中心です。EN ISO 20607準拠の取説から転用する場合、図記号のみで済ませていた警告に文章を補う作業が発生します。

NFPA 79:電気安全の記載要件はIEC 60204-1と「似て非なる」

参照:NFPA 79:2024(Electrical Standard for Industrial Machinery)

NFPA 79は産業機械の電気装置に関する北米の中心規格で、IEC 60204-1の北米対応版に相当します。最新版は2024年版(2024年1月発行、3年サイクルで改訂)です。両者は構成が似ているため「IEC対応済みなら大丈夫」と考えがちですが、取説・表示に関わる北米固有の要件があります。

  • SCCR(短絡電流定格)―― 電気パネルへの表示と技術文書での明示が求められる北米特有の概念。2024年版では複数パネル構成時のSCCR表記(パネル単体と装置全体の2値)の扱いが明確化された。
  • 断路器の表示 ―― 2024年版で、機械の主電源断路器に「Machine Supply Circuit」の明確なラベル表示が求められるようになった。保守・LOTO時の誤操作防止が目的
  • 技術文書 ―― NFPA 79はAnnex Dで技術文書(Technical Documentation)の項目を整理しており、電源仕様・接地・図面類など取説とセットで整備すべき情報が含まれる
  • サイバーセキュリティ ―― 2024年版で§4.10としてサイバーセキュリティへの言及が追加された。ネットワーク接続を持つ機械では、EUのCRA対応(Vol.5参照)と情報を共通化できる領域
IEC 60204-1準拠の電気章をそのまま英訳しても、SCCRやNEC(米国電気工事基準)との接続情報が欠けていれば、北米の設置現場・検査で通用しません。電気仕様の記載は「翻訳」ではなく「規格の読み替え」が必要な領域です。

OSHA LOTO規制:取説が「雇用主の手順書づくり」を支える

参照:OSHA 29 CFR 1910.147(The Control of Hazardous Energy)
米国のロックアウト・タグアウト(LOTO)規制は、機械の保守・整備時に危険エネルギーを確実に遮断するための規則です。規制の名宛人は雇用主(機械を使う工場側)であり、雇用主は機械ごとのエネルギー制御手順書を作成する義務を負います。
ブレーカーLOTOの例
ブレーカーLOTOの例
排気バルブLOTOの例
排気バルブLOTOの例

ここで機械メーカーの取説が重要になります。雇用主が手順書を作るには、機械側の情報が不可欠だからです。北米向け取説には以下を明記することが実務上求められます。

  • エネルギー源の種類と位置(電気・空圧・油圧・重力・ばね・蓄積エネルギー等)
  • 各エネルギー遮断ポイント(断路器・バルブ等)の位置と操作方法
  • 残留エネルギーの解放・消散手順(コンデンサ放電、圧力抜き、可動部の降下防止等)
  • エネルギー遮断後の確認(検電・ゼロエネルギー確認)の方法

EU取説でも保全時の安全措置は記載しますが、「雇用主のLOTO手順書作成に使える粒度」で情報が整理されているかという観点でのチェックが、北米対応では追加で必要になります。

まとめの対比表:EU取説からの「転用」で足りない部分

ここまでの内容を対比表として整理します。英訳で流用できる部分と、作り直しが必要な部分の切り分けにご活用ください。

観点 EU(CEマーキング体系) 北米(米国)
法的枠組み 機械規則等への適合を製造者が宣言(行政規制型) OSHAが雇用主を規制+製造物責任(PL)訴訟が実質的な強制力
取説の主規格 EN ISO 20607/IEC 82079-1 ANSI Z535.6(安全情報)+ANSI
警告の様式 ISO 3864系の図記号中心+シグナルワード シグナルワードパネル+警告3要素の文章記述が中心
電気安全 IEC 60204-1 NFPA 79(+NEC・UL 508A)。SCCR表示等の固有要件
エネルギー遮断 設計要件として規定(エネルギーの分離・消散) OSHA LOTO規制(29 CFR 1910.147)。雇用主の手順作成を取説情報が支える
不適合時のリスク 上市不可・当局措置・リコール 警告欠陥(Failure to Warn)を理由とするPL訴訟・高額賠償

実務の進め方としては、①EU版取説をベースに構成・技術情報を流用しつつ、②安全メッセージをZ535.6様式(シグナルワード・3要素・4類型配置)へ書き換え、③電気章をNFPA 79ベースに再構成し、④LOTO支援情報を保全章に追加する、という4段階が現実的です。

なお、ANSI B11.0(機械安全の一般要求事項とリスクアセスメント)は、ISO 12100に相当する北米の基盤規格です。リスクアセスメント自体はISO 12100の結果を活用できるため、EU対応で整備した台帳(Vol.4参照)は北米向けにもそのまま資産になります。

まとめ

  • 北米では取説品質が行政審査ではなくPL訴訟(Failure to Warn)で問われる。ANSI準拠は事実上の防御線
  • ANSI Z535.6(最新2023年版)はシグナルワードの厳密な使い分け、警告3要素、4類型の配置を要求
  • NFPA 79(最新2024年版)はSCCR・断路器表示・技術文書など、IEC 60204-1にない北米固有要件を含む
  • OSHA LOTO規制(29 CFR 1910.147)対応として、エネルギー遮断・残留エネルギー情報を手順書作成可能な粒度で記載する
  • リスクアセスメント(ISO 12100)の成果はANSI B11.0体系でも活用可能。EU対応の資産は無駄にならない

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